ドラゴンニート ~ 世界を変える挑戦 ~

ニートやひきこもりの景色を世界を変える。

僕がひきこもりになった理由(劣等感因子1-抗えない境遇)

 もう遠い記憶なのににまだ、覚えている。
世界は平等じゃないと感じ劣等感が芽生えた話し。
リアルな話しだが、フィクションのように語りたい。
ユーモアを混ぜないとやってられないからです。

 

昔々、僕らの世代には衝撃の事件が起こりました。

それはとても感動的で夢があったのだけれど、現実は厳しいと知る出来事。

そして、子供には『大人には分からない』事情が発生してしまいます。

それは『境遇』と対峙する時に感じるいろはにほへと。

コイツは中々やっつけられない敵で、長引けば一生モノの強敵になります。

覆そうと逆立ちしてみても、天地がひっくり返ることは当然叶いません。

この世界の不文律、『決して平等じゃない世界』を感じた時、僕の劣等感は産声を上げました。

 

ファミコン』が発売され、僕の世界は一変しました。


僕の頭は『ファミコン一色』になったといっても過言ではない程、憧れました。

それがシンプル過ぎる『一方的な片思い』だったせいか、ストーカーのように執念を抱きました。

はじめて友達の家で『ファミコン』を見た日のことを今でも覚えている。

しかし、それは遠く昔のこと。

ずっと『ファミコン』に囚われた訳ではなく、僕の性格の一部を方向付けるような心を傷つける『初恋』の物語。


ファミコンは、素敵だった。

ゲームウォッチも持っていない僕には夢見る存在だった。

そして、僕はあがいてもまったく手の届かない存在だった。

結果『僕の家はファミコンが来ない家』と知ることになる。

それは絶望にも似た失望である。決して絶望ではないと断っておく。


厳格な祖父が「あんなモノをすると頭が悪くなる!」と一蹴したことで僕の未来に影が落ちる。

そんな失望する未来を望んでいなかった僕は必至で夢を見ることにした。

最初は、価格を調べた。1万5千円。

僕のお年玉の合計が3千円程だったので5年くらい貯金すれば買えるかもと考えた。

しかし、誕生日を活用すれば2千円+3千円で5千円程自分で負担できるのではと親に提案した。

いとも簡単に却下された。

当時の1日のお小遣いが50円だったので、1月で1500円。

「1年で15,000円溜まる!!1年お小遣い無しでお願いします!!」と親に提案した。

「1年溜めてから言いなさい」と言われた。当然の結果だと納得した。

よし、頑張ろうと決意して僕は、お小遣いを貯めることに励んだ。

500円溜まったので、親に貯金箱に入れて欲しいと頼んだ。

母は、快く引き受けてくれたのだが、再び500円を渡すときに貯金箱が見当たらない。

貯金など実はされておらず、僕のお小遣いは母の懐で『循環』しているだけだった。

母のことが嫌いになった。

1日50円と言ったが、土曜と日曜は貰えないことが多かった。

それに平日も母の匙加減で「昨日あげたでしょ?何で無駄遣いしたの?」とくれないことがほとんど。

なんだ、僕の月の1500円という計算は間違っていたと認識して、同時に目途がたたないことがわかった。

実は僕のおこずかいは定まっておらず、1ヵ月で計算すると1000円程になると分かってきた。

そして、母の匙加減に影響されて真面目に蓄えても循環してしまう。

そして去年預けたお年玉のことを思い出して気付く『母に預けると』戻らない仕組み。

子供心に思った。

『貯金しておいたから』などと子供心を安心させて

必要になると『そんな無駄遣いしちゃ駄目』と使えない貯金。

もともとお小遣いは親のお金だと頭では理解しているのだが

『母のずるいシステム』には理不尽だと思っていた。

そして、大人達の『ファミコンは買わせない』と無言の圧力が僕のお小遣いの行く末を示す。

暗に『勉強の為に遣え』と示唆しているのだ。

勉強に使うノートやえんぴつ、消しゴムを買うためのお小遣い。

放課後に、駄菓子屋さんに行っておやつを買うと『無駄遣い』と指摘される。

貯金していますと、手元に持っていれば『おりこうさん』と褒められ『貯金してあげる』と没収される。

「俺のお小遣いって好きに使えないじゃん!!」

だから、親に媚びる、お願いする、まるで下僕だ。

『よい子の裏に目的を忍ばせる』しかないのだ。

日々、様々な提案をした。

お手伝いをする。

宿題をすぐやって勉強アピール。

テストでいい点を取る。

妹の面倒を見ておりこうさんになる。

毎日、親の顔色を伺う。

思いつく限り、手をつくしたのだが心は擦れていく。


こんなに『ファミコン』が欲しいのに、1年も2年も待てるはずがない。

僕は『ファミコン』いや、『ファミ子』に1日も早く会いたかったのだから。

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憧れのファミ子

毎日毎日、考えた。

どうすれば『ファミ子』に会えるのだろうか・・・。


「そうだ!!『ファミ子』に居る家に直接行けばいいんだ!!」

低脳である。

低脳故の儚くも無謀な恋だった。

そもそも価格は本体のみでカセット代を計算していないことに後から気付くような子供の性、いやリアルである。

低脳さ故に、もがき苦しみ、思い当たることだけに突っ走るしかやり場がなかった。


無能さ故、友達の家に降臨した手が届く距離の『ファミ子』の手すら握れない日々。

友達の家でテレビの前に並んで座り「おお!すげー!!上手!!」と太鼓持ちをする日々。

なりふり構わず自分は何をしているのか?と夕暮れの帰り道にいつも失望する日々。


しかし、やがて転機は訪れる。

それまでの努力が実を結ぶ時がようやく来たのだ。

『ファミ子』に出会って半年が過ぎたころ、友人にも心の余裕が現れた。


「やってみる?」


と、友人が僕に『ファミ子の左手』を差し述べてくれたのだ。


『痛恨のⅡコン』ではなく、『通婚のⅡコン』となった。

左でも右でも手を握れればいいのだ。

子供ながらに『結婚』したような『片思いが実る瞬間』だった。


僕はずっと見ていたから分かっていた。

ずっとやってみたかったことがあった。

最初は、これをしなければならないと思った。


『ファミ子』の左手に向かって叫んだ。


「やったー!!!ファミコン最高ーーー!!」


この時、ボリューム調整を忘れた為、ただの地声が周囲をドン引きさせたのは言うまでもない。

そんなドジ、今の今まで垂れ流した恥に比べればなんてことはない。


深呼吸する、ゲームスタートだ。

緑がルイジで赤がマリオだったはず。

僕はルイジ。ジャンプして亀を避ける。コインをたくさん取る。

心の中で呟いて再び息を整えた。

憧れのマリオじゃないけれど、ルイジでもいい!!

初めてのファミコン。やっと来た。

ここまで長かった。

操作方法もずっと見て来たんだ。

イメージ通りにやればいい、落ち着け、まずは中央のドン(POW?)を叩いてひっくり返す!!

最初はみんなやるセオリーのような一撃、僕も当然やってやろうと意気込んだ。


しかし、突然、マリオがこちらに走ってきてドンをやらせてくれない。


『あれ?何かおかしい』と違和感を感じる。


右に移動してマリオを交わせばいいのだと知っていたのに、出来ない。


『あれ?どうして兄のマリオは敵対してくるんだ?』


むきになって十字キーを左全開で押してマリオと膠着状態になってしまう。


『どけよマリオ!!俺にドンやらせろよ!!』


気が付くと、いつの間にか亀が中階層まで降りてきてる、危ない!!

マリオがジャンプしてすっと体を交わした。

ルイジも負けじとジャンプするけどタイミングが合わず亀と接触。。。

 

僕のルイジは一瞬で死んでしまった。

 

「はい、終わり~!!」

 

この時の、『ファミコンが来た家』の友人とは勿論だが親友になれなかった。


「ははは~、難しいなぁ~、ははは」と笑ってごまかした。

この日、惨殺された僕のルイジの貴重な一機は、引きつる僕の笑顔を引き出しただけで

コントローラーは当然のように握らしてもらえなかった。

ただただ友人の純粋で残酷ないじわるに笑顔で媚びる無能さ、敗北を味わったのである。

持つ者が強者、持たない者は弱者という縮図を自覚せずとも体で思い知ったと思う。


しかし、『ファミ子』に会いたいという理由だけで、足しげくこの友人の家に通った。

とても性悪な友人だったけれど、媚びへつらえばこれみよがしに自慢して家に上がらせくれるのだから。


ゼビウスパックマンロードランナードンキーコング

カセットの名前を覚えてどんなゲームかを知っているが、経験はほとんど無かった。

ほとんど見ていただけなのだから。

中でもイーアルカンフーには憧れた。

『自分も戦いたい!!』

現実ならこんなスローな相手に負けるはずが無いのだと自信があったのだが

『ファミ子』に触れられるのは、ほんの一瞬しかないのですぐに死んでしまう。

友達の隣でただじっと学び、エアゲームをしていたことを思い出すと情けない。

あんなクソみたいな友人に媚びへつらって、自分こそ本当のクソだったと感じていたことを思い出す。


程なくして僕の恋は儚く終わる。


疲れてしまったのだ。叶わない恋に。

あとに残ったのは劣等感だ。

僕は自分の『境遇』には勝てなかった。

厳格な祖父と、金銭敵な問題。

それほど貧しい家庭ではなかったと思うが、ファミコンがある家が金持ちの家だと憧れた。

劣等感が育った。

なんで、僕は自分の境遇に勝てないんだ。世界は不公平だ!!と思った。


母のことも嫌いになったし、祖父のことなんかもっと嫌いだった。

ファミコンを見せびらかしては下手くそな僕の貴重な一機を惨殺する友人も嫌いだったけど

そんな奴らに媚びへつらう自分が情けなくて情けなくて悔しくて、自分が大嫌いになった。


だから、そんな『子供ながらの記憶』を今でもずっと覚えている。


あんなに恋焦がれたファミコンのフーフー。

ドラゴンクエスト復活の呪文を書く係に身を粉にした少年の記憶。

今の時代なら考えれないことが当時の世界では当たり前だった。

そのまた昔は、もっと考えられないことだらけで大変だったろうと想像する。

だから時代のせいになんてしてはいけない。

かと言って、僕のせいでもない。親のせいでも。

この世界に平等なんてないのだから。

それじゃぁ、なんで僕の親や学校の先生は『人間は平等』等と教えたのだろうか。

大人になって『普通にしていれば一定の平等』を得られると学ぶのは先の話しだ。

ファミコンが来る家』や、お金持ちで恵まれたクラスメイトに劣等感を抱くのはごく自然なのだ。

持つ者と持たざる者の差は簡単に埋められる平等じゃないのだ。

しかし、ここで語りたいのは『平等論』でも『格差社会』でもない。


僕の育てた劣等感という敗北者の資質は、勝者になっても消えないということだ。

ハングリー精神には貢献するが、負け犬根性がねじれると斜めに伸びた枝がすぐどこかにひっかかるのだ。

そして、とどのつまり、そんな自分の歴史なんだから変えられない。

あらがえない過去の出来事であって、真実なのだから。

過ぎた時間というのは『平等』かもしれないが、『時間』すら金に奪われてしまうのが世の常だ。


だから、僕は夢を見る癖がついてしまったのかも知れない。

敵わない敵に出会うとすぐに空想に逃げる。

現実の自分が嫌いだから。自分をヒーローに仕立て上げて夢を描く。

抗えない境遇に劣等感を抱いた僕は、夢を見てしのぐしかないのだ。

生物に欲望や希望がないというのは死活問題だと思う。意志や目的を失ってしまうのですから。

僕は自分のことを夢想家だと思っていましたが、生産活動無しではもうすぐ死んでしまいます。

働かないと稼げないのだから、夢を見ているだけではご飯を食べることができません。

好き好んでひきこもったりしていません。

好き好んでこんな境遇を選んだとは思っていません。

いろんな要因があって、僕は自分を作っていくのですが、いつの間にか自信を失くしました。

どこで落としたのか、いつ失ったか思い出せませんが、失くしたことだけは理解できました。

一度、自分の自信を失った過信家な僕のダメージは、ダムの水圧のように放出されました。

文章を読めば傲慢な僕があちらこちらに見えるでしょう。

高所から一機に地下層まで転落したのです。

落差が大きい分、失った自信を取り戻すのに開いた風穴は大きすぎました。

ファミコンがあったってなかったって僕はきっと別のことで劣等感を抱いていたと思います。

そういう性格なんでしょう。

劣等感が育ちやすい境遇だったのは事実として感じていますが、それだけで僕は引きこもったりしない。

実際、小学校にちゃんと通ったし。普通であろうと努力もしていました。

世界が不平等であることと同じように、普通であろうとするが故の不文律(葛藤)があります。

劣等感因子はひとつや二つじゃないのだから。


劣等感因子2。に続く。